2007年08月14日

イラクで戦闘する気だった「陸自」―佐藤正久元隊長

応戦するつもりだった

 イラク派兵されていた日本の違憲軍隊の一つ「陸上自衛隊」佐藤正久元先遣隊長(参議院議員)は、イラクで「情報収集と言う名目であえて攻撃に巻き込まれて」応戦・武力行使するつもりであったと、JNNの取材に答えた。ニュースの引用は後半に記す。

 問題点は3点―
1.あれだけ「人道復興支援だ」「戦争しに行くんじゃない」と言って派兵したその部隊が武力行使するつもりであった(ことを隊長自ら認めた)
2.軍隊の原則シビリアンコントロール(文民統制)お構いなし
3.その隊長が国会議員(参議院議員)に出馬、当選

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2007年06月13日

ガザ地区“内戦”状態

 なんとかならんかね。パレスチナ自治区ガザ地区でのファタハとハマスの戦闘は酷くなっているようである。民間人も死んでいる。

 武力というのは最終結果的に“死”なんだよね。いつも苦しむのはやられる側。

 これ以上誰にも死んでほしくない。どうすればよいのか。いいかげん戦闘をやめることである。


 この、パレスチナのこどもたちを救う募金してくれてありがとう。

 1000円で栄養失調児1人・1ヶ月分の補助食を提供できる、と募金元のJVCは言っている。

 PC版の右上に出している。
 まだの方もぜひともご協力をお願い。

2007年06月05日

パレスチナ難民キャンプを攻撃―レバノン軍

 こうやってまた血が流れたのか。

 前に取り上げたレバノン軍と「ファタハ・イスラム」の戦闘で、1日、レバン音軍は“予告通り”ナハルバレド(ナハル・アルバレド)のパレスチナ難民キャンプを攻撃した。

 この難民キャンプから避難したのが約2万5000人。約4万人いたから、計算して約1万5000人がいることになる。
 5月20日以降の戦闘では1日までに少なくても20人の民間人が死んでいる。1975年以来最悪の軍事衝突である、と報道。

 だいたい居住区域である難民キャンプに砲撃・空爆するなど言語道断である。なおこの難民キャンプはキャンプ然としていない。
--通常の街のイメージに近い。(日経)--

 なるほど画像で見るとその通り。「パレスチナ人街」といったほうが的確かもしれない。

 情報が、軍側発信の情報(「組織側が民間人をも攻撃している」、とするもの)とキャンプ内部の情報(軍が無差別攻撃している、という情報)が交錯している。
 パレスチナ解放機構(PLO)もレバノン軍を事実上支持した上で民間人を避けてどうの、とか言ったが、そんなもの無意味なものだ。民間人の安全のためには戦闘をしないことだ。

 前回この問題を扱ったときの反応が弱いが、「テロリスト側についた意見だ」とでも思っているのか?
 
 どちら側につくとかそういう問題ではない。民間人居住地域で武力行使すれば死ぬのは民間人。イラクだけじゃなくて、内戦的なものでも同じで、いつも弱い立場の人が死傷、苦しむのだ。

 そして双方の軍隊・組織においても無駄な死ができるだけ。
 レバノン軍が制圧した、と報道されているが、「テロリストの殺害」が目的であるとレバノン権力は残虐だとしか言えないだろ。報道経由ではあるが、
--武力衝突は、レバノン政府軍が銀行強盗に絡んだ容疑者を拘束するためファタハ・アル・イスラムの隠れ家を急襲したことが発端。(日経)--

 つまりもともと武力を避けられたのだ。政府もバカだ。いや、もともと武力衝突を狙っているとしか思えない。

 仲介人を通じてでも停戦してほしかったね。武力は一切避けるべきなのだ。失われた命は「仕方ない」のか? 米国は人殺しを支えるなよ。

 
 誰もが殺さない世の中にしたいぞ。
 

★パレスチナ人を救う募金。パレスチナ自治区(ガザ、西岸)の方。PC版の右上に掲示されている。あたなの協力は命を救う。
 クレジットカードを持っていない私のような危険人物(笑)は、直接JVC(日本国際ボランティアセンター)の方に送金する手もある。ロールスロイスを買う必要はない。少しのお札で同じ命を助けてほしい。




喫茶おとりこみ中。
「攻撃されているのはわれわれの家だ。」


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2007年05月27日

「攻撃されているのはわれわれの家だ。」

 昨週も非常に色々ありすぎたが、こういう事態こそ無くさなければならない。レバノン軍と「ファタハ・イスラム」という組織の戦闘、という報道であるが、いつものこと、無関係な庶民が殺される。24日の東京新聞によると、レバノン軍が、パレスチナ難民キャンプ「ナハルバレド」を攻撃。「過激派」理由とする軍による無差別攻撃じゃないか。
--一応停戦は維持されているものの、軍のキャンプ包囲は続き、時折、発砲音が響く。同キャンプから脱出してきた住民らは3日間砲撃にさらされた惨状を語り始めた。
 「攻撃されているのはわれわれの家だ。過激派の拠点ではない」。トリポリ郊外のナハルバレド難民キャンプから南東へ約9キロ。別の難民キャンプ「ベッダウィ」の病院には22日、ナハルバレドからの負傷者が次々と運び込まれた。AP通信によると、ナハルバレドの住民の半数に近い約16,000人が、同日夜から23日にかけて脱出した。
 電気技師(35)は21日の砲撃で右足や右腕を負傷した。「家の前でパンの配給を待っていたら、砲弾が爆発した。2人の友人が死んだ」。水も電気も止められ、備蓄食料も底を突きつつある。4歳と9ヶ月の子どもを抱え、ビスケットだけで2日間を過ごした。「家族はまだ、キャンプの中だ。助けてほしい」
 パレスチナ赤新月社レバノン北部地区代表のアサド医師は「ナハルバレドには、水も薬もない。これまで19人を搬送してきたが、うち子ども5人はひどい脱水症状だった。このままでは水がなくて死ぬ子どもが出る」と訴える。(東京新聞2007年5月24日朝刊)--


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2007年03月26日

イラク青年来日:戦闘地域ラマディからの報告 ※追加あり

 転載です。

緊急開催!!イラク開戦から4年
戦闘地域 ラマディからの報告


『イラクの空には何が見える?』
〜あるイラク青年の体験〜

「テロとの戦い」の最大拠点と名指しされた
イラク西部アンバール州ラマディ
先月22日 ラマディ上空に米軍の戦闘機が飛来
4軒の民家に爆撃 死者26名 負傷者多数

家屋は潰され 学校は占拠された
食料配給なし 医療配給なし

空が恐怖に染まって4年
増えていくのは民間人死者数とその遺族
そして 報復を誓う抵抗勢力

なぜ ラマディは「テロとの戦い」の
最大拠点となったのか?
なぜ 彼は米軍に拘束されたのか?

世界中のメディアが近づけない戦闘地域ラマディから
1人の青年が自分の体験を語るために来日した

≪プロフィール≫

カーシム・トゥルキ(30歳)

1976年11月27日生まれ。エイドワーカー。イラクアンバール州ラマディ在住。アンバール大学機械工学部卒業。イラク戦争中は共和国防衛隊に所属。イラク戦争直後4月28日にファルージャで起きた米兵によるデモ参加者乱射事件をバグダッドのメディアに報せに来たことをきっかけに、フリーのガイド兼通訳として米テレビCNNや日本人ジャーナリストに同行。同年6月、日本人と同行取材中に米軍に不当逮捕され9日間拘束。釈放後「イラク青年再建グループ」を主宰。これまでに学校などの修繕工事、診療所開設、避難民への緊急支援などを行っている。2004年からは日本の民間支援「ファルージャ再建プロジェクト」と協同し現場の指揮を執っている。昨年はラマディの様子を英語で記したブログがアメリカを中心に話題となるが、それを理由に再度米軍に拘束された。

≪日程≫
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