沿線に「さようなら」はない 鹿島鉄道線が3月31日限りでの廃止が決定したことで、毎週毎週“お客が
増える”現象が起きていると思う。ウェブ上どころか
新聞でも、例えば「『かしてつ』に感謝 ありがとうのラッピング」(東京新聞)など、お別れを演出するような記事が見受けられる。しんぶん赤旗にまで外部
ライターによる
旅行記が載っていた。
しかし、少なくても「ありがとう」とか「さようなら」と言うのは感情に過ぎない。
高校生をはじめ沿線の利用者にとって生活の「廃止」、「さようなら」はなく、廃線後は代替バスが唯一の頼み綱になる。バスも列車が無ければ今まで使っていた列車と同じような=通学、通院その他で使わないといけない=存在であることを忘れてはいけない。ただ道路事情に左右されるという“大幅格下げ”になるのであるが。
自治体は代替バスへの支援を 鹿島鉄道線沿線自治体の代替バス支援策については情報が入っていない。報道を見落としていたらごめんね。
自治体は代替バスへの支援維持策に全力を注がなくてはならない。鉄道が無いなら出さないと言うのなら、あの「6億5000万円」もウソであったとしかいえない。バス維持のために支出した上で、高校生や主に免許を持たない沿線住民のために、
通学定期運賃を補助するとか、
バス停留所を排ガスや車から守る待合所にするとか、
バス優先の信号を作るとか、
レピータ(接近表示)を導入するとか、
便利な案内図をつくるとか、
いろいろ既に計画があれば行き違いご容赦であるが、バスを使いやすく安全にする、そのために自治体がやることはやる。これは住民の
福祉の増進を図る自治体の目的として重要な項目ではないか。
鹿島鉄道線がらみで一番最初に書いた記事でも言ったが、いよいよ現実を直視する事がより重要になってくる。廃線・代替後に危機が来るとすれば「バスに格下げ」ではなく、完全なる路線廃止である。「(鉄道がコスト高なら)バスになればよい」とする机上の空論を言う鉄道ファンもたまにいる。しかし、バス観察者にはわかることであるが、バスは“後がない”危険水位にある交通機関なのである。
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posted by よるの黒茶 at 00:11
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